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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)5310号 判決 1966年9月28日

原告 河内研太郎

被告 日本電信電話公社

訴訟代理人 河津圭一 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立<省略>

第二、原告の請求原因<省略>

第三、請求原因に対する被告の答弁

被告代理人は、請求原因に対して次のとおり答弁した。

一、(一) 請求原因一、(一)の主張は争う。学校の卒業生が使用目的を具体的に明示して成績証明書、卒業証明書等を請求した場合には学校がこれに対し遅滞なく証明書を交付すべき義務があることは認めるが、右義務は事実たる慣習に基くものであり、未だ慣習法には至つていない。

(二) 請求原因一、(二)、(三)の事実はいずれも否認する。なお原告は、逓信講習所に在所中は単なる学生であつて、職員ではなかつたものである。

二、請求原因二の事実のうち、被告(被告学園)が逓信講習所の権利義務を一切承継したとの点は争い、その余の事実は認める。逓信省高等逓信講習所の官制は昭和二三年八月一日に廃止されたが、その後電気通信省の下に昭和二五年四月一日設立された東京第一電気通信学園(後に中央電気通信学園と改称)が、事実上逓信講習所の人的、物的施設を引継ぎさらに被告公社がその発足と同時に右学園を引継いだに過ぎないのであつて、被告は法律上逓信講習所の権利義務を承継したものではない。

三、(一) 請求原因三、(一)、(1) の事実のうち、原告がその主張の日に被告公社を退職し、その主張の日に被告学園に対し本件(1) 証明書を至急送付するよう郵券同封のうえ請求し、右書面が原告主張の頃被告学園に到達したことは認めるが、その余の事実は争う。原告は、被告に対し本件(1) 証明書送付請求およびその後の同送付督促において、訴外会社に対する入社試験応募の事実、およびそのため右証明書が昭和三五年七月二〇日までに必要である旨の具体的使用目的についての申出は全くなさなかつたのである。

(二)、請求原因三、(一)、(2) の事実のうち、被告に故意、過失ありとの点は否認し、その余の事実は認める。

被告学園は原告が当時病気加療中の模様でありかつ、その退職に伴う銭別を取りまとめていたため、それと一緒に本件(1) 証明書の送付をするつもりであつたところ、原告から昭和三五年八月一日本件(1) 証明書送付の督促があつたので、早速同月二日これを発送したものである。

(三) 請求原因三、(一)、(3) の事実は全て否認する。

訴外会社は応募人員約一〇〇名の全員に対し証明書提出の有無にかかわりなく、受験の機会を与えたものであつて、現に原告に対しても昭和三五年七月二〇日に受験のため出頭するよう通知していたのであるから、原告は同日出頭すれば受験できたのである。また、右試験を実際に受験した者は約五〇名であつたのに対し、筆記、面接の各試験および身体検査を経て採用になつた者は僅か五名であつたから、当時病気のため同年八月まで安静加療を要すると診断されていた原告が受験したとしても、右試験に合格したとは考えられない。

(四) 請求原因三、(二)の事実のうち、同(1) 、(3) の各事実は否認し同(2) の事実のうち原告が被告学園に対し昭和三五年七月二九日本件(1) 証明書の交付を催促し、そのため、原告主張の金員を支出したことは認め、その余の事実は争う。

四、(一) 請求原因四、(一)の事実のうち、原告がその主張の頃被告学園に対し使用目的、期限等を明らかにすることなく本件(2) 証明書の交付を求めたこと、および被告学園が原告主張の頃原告に対し、その請求にかかる証明書を発行交付したがその記載内容のうち卒業年月を昭和二二年三月とすべきところを同年五月と、体操とすべきところを休操と、それぞれ誤つて記載したことは、いずれも認めるが、その余の事実は争う。

なお、被告学園が保管している原告の学籍資料は卒業成績簿だけで、右には原告が第三学年に修得した学科目、試験の点数等が記載されているに過ぎず、第三学年以外の成績の証明は不可能な状態にあつた。しかし、被告学園の小田嶋教務係員はとくに原告の失職中の立場に同情して、「技術科学科目配当表」(昭和一四年施行)に基き全学年の単位を算出したが、第三学年の単位しか明らかでない科目もあり当時廃止変更になつた科目もあつたので、その限りで誠意を以て証明書を作成交付したものである。

(二) 請求原因四、(二)、(1) 、(2) の事実のうち、原告がその主張の頃被告学園に対し本件(2) 証明書の送付督促状を送つたこと、さらに原告が被告学園に対し、一旦交付された証明書の訂正を求ある書面を送つたこと(ただし昭和三五年一一月一七日頃)、原告が同年一〇月二七日頃被告学園に対し本件(2) 証明書の発行を求めたこと、そのため、それぞれ原告がその主張の金員を支出したことは認めるが、その余の事実は争う。

(三) 請求原因四、(二)、(3) の事実は否認する。

第四、証拠<以下省略>

理由

一、成績証明書および卒業証明書の交付請求権の存否、およそ或る学校の卒業生が当該学校に対し、自己の成績証明書、卒業証明書等の交付を請求した場合には、たとえその使用目的を具体的に明示していなくともその請求が不当の使用目的を以てなされているというような特別の事情のない限り、当該学校は、その卒業生に対して、これらの証明書を遅滞なく交付すべき義務があるものというべきである。思うに、学校を卒業した者が上級学校への入学もしくは就職等を志望し、或いは、その他の試験を受けようとする場合、通常これら志望の学校、就職先などは卒業校における成績証明書、卒業証明書等の提出を要求し、これらの証明書が志望者の採否を決定するに当つての一つの重要な資料とされるのが常であるから、もし、学校の卒業生が卒業校からかかる証明書の交付を受けられないとすれば、事実上受験または就職の途を閉ざされることとなり、甚だ不合理な結果を生ずるからである。さればいずれの学校をみても、学校は卒業生の右のような要請に応ずるべく、とくに学校規則なとで定めていない場合にもこれら証明書の交付請求に対しては遅滞なく証明書を交付することが一般慣行として行われているのであり、この学校慣行は学校と卒業生との間においては既に自明の理とされていることは世上これを疑う者はない。

二、被告の逓信講習所の権利義務の承継の有無

(一)、原告が昭和二二年三月二九日逓信講習所を卒業したこと、逓信講習所が前項にいう学校の実体を有すること、被告が昭和二七年八月一日設立され、これに附属して、被告学園が設置されたことは、当事者間に争がない。

(二)、ところが、被告が逓信講習所の権利義務を承継したとの原告の主張については、被告がこれを争うので、まずこの点について判断する。

逓信講習所の官制が昭和二三年八月一日逓信職員訓練法(同二三年法律二〇八号)に基き、癈止されたこと、その後逓信省に代るべく、電気通信省が同二四年四月一日電気通信省設置法(同二三年法律二四五号)に基き設置されるや、その附属機関として職員訓練所が設けられることとなり(同法四五、四八条)、さらに同法に基く電気通信省組織規程(同二三年電気通信省令一号)により、右職員訓練所の一として同二四年六月一日電気通信職員訓練所東京第一学園(以下、単に第一学園という)が設置された(同規程一九〇条)こと、右学園が同二六年五月二日電気通信訓練所組織規程(同二四年電気通信省公達八七号)の改正により、中央電気通信学園(以下、単に中央学園という)と改称されたことさらに、被告日本電信電話公社が同二七年八月一日日本電信電話公社法(同二七年法律二五〇号)に基き設立されるや、同年一一月一日日本電信電話公社職制(同年日本電信電話公社公示七九号)により、その附属機関として電気通信学園を置くこととし(同職制二一条)、その一として中央電気通信学園が設置された(同職制二五条)ことは、いずれも掲記の諸法令に徴して明らかである。そこで、次に、これらの諸機関の間において、順次逓信講習所の卒業生に対する成績証明書、卒業証明書等の発行交付義務が承継されたか否かについてみるに、逓信講習所の官制廃止に際し、同所職員は逓信省職員に任ぜられた場合に、別に勤務を発令せられないときは、逓信省総務局勤務を命ぜられ、かつ、従前と同一の職務に従事することを命ぜられたものとされたことは、昭和二三年八月一日付令達二号により明らかであるが、<証拠省略>および弁論の全趣旨を総合すれば、逓信講習所の官制廃止後においても、右職員らが従前の同講習所の施設、資料等をそのまま引継いで、年限の足りない生徒の補習訓練その他の事務の処埋を行つていたこと、電気通信省およびその附属機関としての第一学園の設置に伴い逓信省の一部の職員は電気通信省の職員に任ぜられたが(郵政省設置法及び電気通信省設置法の施行に伴う関係法令の整理に関する法律-同二四年法律一六一号-一七条)、前の逓信講習所の職員、施設、資料等は、第一学園(改称後は中央学園)に引継がれ、さらに被告学園発足と同時に、同学園に引継がれ、それぞれこれらの学園において逓信講習所の証明書の発行なども行つてきたことを認めることができる。しかして、第一学園、中央学園、被告学園等が相当期間に亘つて逓信講習所の証明書発行を行つてきた以上、これらにその発行権限があつたものと推認すべきであり、権限があるからには、前段一記載のとおりの理由により、その反面証明書の交付義務をも負うものと解すべきである。即ち逓信講習所の成績証明書、卒業証明書等の交付義務は第一学園改称後中央学園に承継されたものというべきであり、さらに、被告日本電信電話公社設立に際し、その業務に関し国が有した権利義務は原則として被告において承継したことは日本電信電話公社法施行法(同二七年法律二五一号)により明らかであるから、逓信講習所の成績証明書、卒業証明書等の発行交付の義務もここに中央学園から被告の附属機関たる被告学園に承継されたものというべきである。

三、本件各証明書の交付における遅滞の存否

そこでさらに進んで、被告が原告の請求に対し、成績証明書、卒業証明書を遅滞なく交付したか否かについて検討する。

(一)、原告が訴外会社の社員採用試験に受験しようと考え、昭和三五月七月一一日被告学園を退職し、同年同月一二日被告学園に対し、本件(1) 証朋書を至急送付するよう一〇円切手同封のうえ書面を以て請求し、右書面が同年同月一四日頃被告学園に到達したこと、被告学園が同月一五日に本件(1) 証明書を作成したが、これを原告に対し、原告の訴外会社に対する証明書等の提出期限である同年同月二〇日までに交付しなかつたこと、そのため原告が右試験の受験を断念したことは、当事者間に争がない。

ところで、成績証明書等の交付の遅滞の有無は、かかる証明書等の交付請求を受けた学校側における事務の繁閑、資料の整備等の諸事情、ならびに請求者側におけるその使用目的および期限ならびにこれらの事項の明記の有無などの諸事情を衝量しつつ、社会通念に従つて、判断すべきものであるが、本件においては前敍のとおり被告学園が昭和三五年七月一四日に原告の請求を受けるや、翌一五日には本件(1) 証明書を作成していることからみれば、とくに被告学園の側に事務繁忙等の事情があつたとは窺われない。しかし、<証拠省略>によれば、原告が被告学園に対し本件(1) 証明書を請求するに当り、なんらその具体的使用目的および使用期限等を明示しなかつたことが認められるところ、かかる場合には当該証明書を一定期日までに使用すべき必要性が明らかでないのであるから、とくに可及的速やかにこれを作成交付しなくても、相当期間内に請求者に対し発行、交付すれば遅滞があつたものとはいい難く従つて本件(1) 証明書の場合原告が同年七月一四日に請求したのに対し被告学園が同月二〇日までに交付しなかつたからといつて、この一週間にも足らない期間をとらえて軽々に被告の証明書交付義務の履行につき遅滞があつたものということはできない。(なお、被告学園の同年七月二一日以降の本件(1) 証明書不交付の点は、同証明書の使用目的との関係で、もはや遅滞を問題にする余地がない。)

(二)、さらに、原告が同年一〇月二七日書面を以て被告学園に対し、本件(2) 証明書の送付を請求し、右書面が翌二八日頃被告学園に到達したこと、原告は右請求につきことさら具体的な使用目的、期限等を明らかにしなかつたこと、被告学園作成の本件(2) 証明書が同年一一月八日頃原告に送付されたことは、当事者間に争がない。そこで、被告学園の本件(2) 証明書の交付における遅滞の有無について考えてみるに、前項において本件(1) 証明書の交付について検討したのと全く同一の理由により、証明書の交付に右程度の期間を要したことのみを以ては未だ被告学園に証明書の交付義務の履行につき、遅滞があつたものということはできない。(なお、被告学園が交付した右証明書には、卒業年月を昭和二二年三月とすべきところを同年五月とし、体操とすべきところを休操とした誤りがあつたことは当事者間に争がないが、これは後に訂正を求めれば足り、この程度の誤記を以て証明書の交付が右期日になかつたものということはできない。)

(三)、以上、説示の次第で、本件各証明書の交付については、とくに被告の責に帰すべき遅滞があつたものとは認められないから、右遅滞な原因とする原告の損害賠償請求は、爾余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

四、結論

よつて、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏 中田四郎 加藤和夫)

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